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第21話

風鈴剣


「おいらを使うのだ」  無頭子がもう一度言う。 「は?どういう意味だよ」  意味が分からず聞き返すと、彼女は少し誇らしげに言った。 「私を武器に使えってことだ」 「どうやって?」 「やっぱりバカ。お前、前に霖っ血を生き埋めしたとき、あの子の腕をシャベル代わりに使ったろ?道具みたいに。それと同じだよ。おいらを武器として使えってこと」 「でも……」  私は思わず首を振った。 「無理だよ、そんなの」 「なんだ、今さらおいらに気を遣うつもりか?」 「いや、そんなつもりはない。使えるなら何度でも使うさ。でもさ、お前ってどう見ても役に立ちそうにないんだよ」 「おいらをなめるな!おいらはあのデンキウナギ並みに長く生きてるんだ!強いんだ!きっと役に立つ!」 「性能はともかくとして……。そもそもどうやって武器化すればいいんだ?このままお前を掴んで振り回せばいいのか?」 「お前さ……」  今度の無頭子の声には、これまでにない真剣さがあった。茶化しではなく、心からの言葉。 「本当にバカだよ、お前は」 「……」 「なんでおいらがずっとお前をバカにしてきたのか、今から親切に――くどくどと説明してやるよ」  いつの間にか無頭子の声は――やけにかわいげな、ベテラン声優が演じる子供っぽい声に戻っていた。 「てめえの想像力が足りないからだよ」 「……」 「いいか、よく聞け。想像力だ。おいらの元々の姿とか、基本設定なんかに囚われるな。そもそも基本設定からして首がないんだ。おかしいと思わないか?そのおかしさから枝分かれする兆しの一つも感じないのか?とにかく拒否しろ。流れに乗っていく凡庸な考え方を、全部拒絶してみろ。そういった勢い、度胸がなきゃ――こんな、巨大で恐ろしくて、到底太刀打ちできそうにない火の海のデンキウナギみたいな化け物には、絶対に勝てない」  そして、続ける。 「自分を変えろ。自分を投げろ。自分から逃げろ。そうだ、いっそ逃げてしまえ。そして、新しさを見つけろ。――いや、新しい自分を見つける、なんてナイーブな話じゃない。自分を捨ててもいい。諦めてもいい。逃げてもいい。とにかく平凡から逃げろ。凡庸から脱却するんだ。たとえ、それが自殺に等しい結果を生んだとしてもいい。新しくなれば、報われる」  そして、続ける。 「な、よく聞け。良く、欲、浴――聞け。凡庸という本物の呪いから逃れる方法は、たった一つしかない」 「……」  あまりにも口数が多いので、ここで一度、六つの点を打って彼女の息を整えさせる。  そして無頭子は、水でも一杯飲むような間をおいてから、ぽつりと続けた。 「想像することだ」  それで終わった。  意外なほど、締めくくりはあっさりとしていた。  私は、なぜこの肝心な部分だけが、こんなに短く終わってしまったのかを長く考える。  ――そうか。  それ以上は、自分で創造しなければならない、ということか。  想像のやり方まで聞くのは、さすがに野暮だし、情けない。  いつまでこんな、頭もない子どもの説教に頼らざるを得ない状況に晒されなければならないのか――そんな宇宙的な不満を胸の奥にぎゅうぎゅうと押し込み、それをまるで小さな瓶の中に圧縮するようにして、やがてポーションとして形にしていく。  HPを回復するゲームのあの赤いポーションのようなもの。  けれど、私の前で作り上がったそのポーションの色は――紫だった。  そうか。ここから始めればいいのか、とふと思う。  ポーションといえば赤か青だろうという予想を、あっさり裏切るこの感覚。  もちろんゲームによっては紫のポーションも珍しくはないかもしれない。  けれど、つまりは――普通ではないということだ。  まずは、“普通に普通ではない”という地点から始めればいい。  最初から突飛な発想をしすぎると、アイドリングが過剰になって、むしろエンジン――つまりCPUに損傷を与えかねない。  だから、ゆっくり段階的に。  たとえば、よく言われる“いい感じの発想”とは、既存の情報を八〇%、新しい情報を二〇%混ぜるのが理想的だという。  私はその比率を少しだけ狂わせてみる。既存六〇%、新しい四〇%――そんな調合で行こう、と。  すると、ふと、一つの案が浮かび上がった。  ――私が初めて想像という作業を行った瞬間だった。 「剣だ」  私は無頭子に言った。 「お前、剣になってくれ」  すると無頭子は、まだまだ物足りないという顔で、まるで「退屈すぎてタバコでも吸いたくなった」と言いたげな表情を、私のCPUの中に浮かべながら言う。 「それだけか?」 「いや。そして――」  私は、頭のないその白く細い首を両手でつかみながら言った。 「剣の柄は、お前の首だ」  その瞬間――。  ほんの一瞬、プランク定数をもう一度プランク定数で割ったほどの遥か刹那。  頭のない彼女の退屈しているはずの表情に、確かに、微かな新鮮さが宿ったのを、私は見た。 「まあまあ、結構」  そう言い放つように、あるいは言い捨てるように、彼女は目を閉じ、口をつぐんだ。  その瞬間、私は直感した。――もう私と無頭子が言葉を交わすことは、きっと永遠になくなるのだと。  彼女はこのまま、この火の海すべてを火事場と仮定し、私と共に――そのまま剣を作るための共同作業へと移るのだろう。  熱い。とにかく熱い。  だから、溶ける。  無頭子は溶ける。  では今まで、なぜ溶けもせず平然といられたのかと言えば、それは彼女の冷却装置のおかげだ。あれが優秀だった。まるで宇宙が始まったころ、まだ宇宙と呼べるかどうかも曖昧な、存在すら曖昧になるような極寒をそのまま引きずってきたような、冷却システムのファウンデーション。  無頭子はずっとそれを作動させていた。  ……が、今はそれを止めたのだ。  だから、すぐに溶ける。  本当に、一瞬だ。  束の間すら与えない。  太陽の表面に粉雪を投げつけたらどうなるか。あれと同じ速さで、無頭子の身体はあっけなく溶け崩れ、そのまま金属の液体になっていく。  それは白磁のような滑らかさでもあり、しかしどこかミスリルを思わせる銀白の輝きを放っていた。人間であろうと、ヒューマノイドであろうと、未確認生命体であろうと――誰が見ても、美しいと認めるしかない色だった。  私はその金属液を掴もうとするが、当然、激烈に熱い。下手をすれば、触れた瞬間に私の手も一緒に溶けて混ざってしまう。  躊躇していると、まるでそれを察したように、金属液の“柄になる部分だけ”がすうっと冷えていく。  私はそこを掴んだ。  続いて――これを武器として、刀として、剣として仕上げなければならない。つまり製錬だ。しかし、製錬には通常、叩くためのハンマーが要る。  とはいえ、ここは想像力の出番だ。  そもそも、本当にハンマーは必要か? 「The best part is no part」  この法則に従うなら、ハンマーなんていらない。  ――素手で叩けばいい。  ちょうど、私の手もすでに溶けてぐしゃぐしゃになり、拳ともハンマーともつかない形に変形していた。まるで、この瞬間のためにこうなってしまったかのように、絶妙な形状に。  だから私は、その素手で無頭子を叩き始めた。  かん、かん、と、金属がぶつかり合う確かな衝突音が響く。  この灼熱の火の海の中だというのに、その音はまるで、開け放たれた掃き出し窓に吊るされた、小さく澄んだ風鈴の音のようで、驚くほど清らかだった。  一打ごとに、風鈴が鳴る。  聴覚センサーがくすぐられるような満足感に浸りながら、私はこの剣の名前を決めた。  風鈴剣。  名前をつけた途端、その名がそのまま設計図になったかのように、どんな形に仕上げるべきか、その流れが一目瞭然でCPUに染み込んでくる。  そして理解する。  名前こそが設計図であり、青写真なのだと。  そんなふうにして、私は楽しく、滞りなく、すらすらと、サクサクと剣の形を鍛えていく。  それは鋭く、美しく、その流線形は見るだけで視覚センサーが永久的な美形に滑り落ちてしまいそうなほど滑らかだった。  銀白色の中に、ごく微かに――性能の低いセンサーでは拾えないほど繊細に――ペールブルーの光が宿り、かつ高級な輝きを放っていた。  そして、かつて無頭子が着ていた浴衣にかかれた文句。  ――一番いいパーツは、パーツそのものがないことだ。  という思想を着こなしていた彼女だからこそ、その徹底は剣にも受け継がれ、鞘はいらない。柄すらもいらない。ただひたすら刃そのものに集中した形へと向かっていく。  ならばいっそ、柄になる部分を、すでに溶けて拳のようになっている私の手に直接溶接し、一体化させてしまえばいい。  刃の形がほぼ完成に達したころ、私はハンマーとして使っていたこの拳で、今度は逆に柄として使うことに決めた。そうして完成した無頭子の新しい形――風鈴剣は、私の右手と融合した。  こうして私の右腕は、風鈴剣としての新しい姿を得た。  試しに掲げてみる。  構えてみる。  すると驚くほどしっくりきた。まるで大昔からずっと使い続けてきた愛用品のような馴染み深さがあって、理屈では説明できないけれど自転車のこぎ方が分かるような、勝手に体が覚えているかのような感覚が腕に満ちる。  気づく。  ――これは最初から、無頭子が私のCPUの中に寄生していたからなのだと。  私は無頭子と共に、いや、もはや無頭子とは呼べない新しい存在の風鈴剣と共に、火の海のデンキウナギの方へ振り向いた。  そして、私たちは同時に高らかに告げた。 「覚悟!」