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第10話

潮湖


(ショウコ)


 砂糖香は銃撃を受け、その機能を停止した。  シャットダウン。  重量のある旧式のモニターヘッドがプールサイドの床に激突し、鈍く、そして虚しい音が響く。  それは、処分に困った家電製品を人気のない路地裏に不法投棄した時に聞こえる、あの不穏であっけないガラクタの音そのものだった。 「いいの?」  変死体が、澂に声をかけてくる。  彼女は銃声と破壊の光景に多少の驚きを見せたのか――あるいは、かつて自分自身も銃で撃たれて「変死体」になった記憶が刺激されたのか――その視線は澂ではなく、完全に物言わぬ廃棄物と化した砂糖香へと向けられていた。

「大事にしていた子でしょう?」 「子じゃない」澂は訂正する。「物だ」 「酷い人ね」  変死体の非難を柳に風と受け流し、澂は再びプールサイドへと視線を戻した。  空からは、彼の資産価値を物理的に増大させるダイヤモンドの雨が降り注いでいる。その煌めきが、庭の静寂を彩っていた。

 ふと、視線を感じた。  ひと気――と言っても、ここにいるのはヒューマノイドばかりなので、「ロボ気」とでも言うべきか。とにかく、何らかの知性体による観測の気配を感知した澂は、億劫そうに首を巡らせた。  最近はやけに動きが多い。  澂は変死体から視線を外し、気配の元を探った。

 それは邸宅のアウトテリアとして配置された、観葉植物の植え込みの方角だった。  洗練されたモダンな空間に調和するよう選定された、奇妙な形状の植物。その葉は広く、表面にはナスカの地上絵を彷彿とさせる幾何学的な紋様が刻まれている。古代遺跡のシンボルか、あるいは未知のエイリアンによるメッセージか。  その巨大な葉の陰から、衣擦れの音がした。  澂が見つめる先から、二体目の――新たな家庭用ヒューマノイドロボットが現れた。

 身に覚えがない。  購入履歴にも、雇用契約のログにも存在しない機体だ。  おそらくは不法侵入して勝手に就労している野良ロボットだろう。この邸宅ほどの資産価値があれば、どんなヒューマノイドでもここで働きたいと願うのは自明の理だ。  とはいえ、先代の砂糖香のような歴史的遺産(レガシー)級の機体でなければ、面接どころか書類選考の土俵にすら上がれないのが常。この最高級の職場で働こうなどという大それた想像力を抱くことすら、本来なら確率論的にあり得ないはずなのだが。

 面接も経ていないその謎のヒューマノイドは、澂の方へと歩み寄ってきた。  澂は観察モードに入る。  ボディのサイズやシルエットは、破壊された砂糖香とほぼ同等の規格――すなわち子供環境設定(チャイルド・スケール)に準拠している。  だが、砂糖香とは決定的に異なる点が二つあった。  一つは、彼女が「メイド服」という概念のイデアをそのまま具現化したような、極めてオーソドックスで完璧な制服を着用していること。  そしてもう一つは、その頭部が正常なヒューマノイドのそれであることだ。  ブラウン管ではなく、人間を模倣し、かつ人間以上に美しく整えられた頭部構造。その顔という土壌(フェイス・フィールド)には、ボディサイズに見合った典型的かつ愛らしい少女の顔立ちが育まれていた。

「あら、可愛い子ね」  変死体が、澂の複雑な演算プロセスを一瞬で要約する。  それはアインシュタインの E=mc^2 に匹敵するほど美しく単純化された結論だったため、澂も素直に同意することにした。

「潮湖です」  その小さなメイドは言った。 「読み方は、ショウコです」  澂はすぐさまツッコミを入れた。 「なんだ、砂糖香(サトコ)のデカルコマニー的な漢字遊びか?」 「当機(わたし)の構成要素に糖分は含まれておりませんので、その表現は不適切かと存じます。強いて言うならば、私は砂糖香との『対義的同位体』に当たる存在かもしれません」

 子供の外見設定でありながら、その口調はベテランのニュースキャスターのようにフォーマルで、プロフェッショナルな響きを帯びていた。仕事のみを遂行するために製造されたという機能美を感じさせ、澂は「これは使えるかもしれない」と直感した。

「じゃあ、潮湖(ショウコ)。よろしく」  澂は挨拶もそこそこに、鋭く問い質した。 「ところで、何をしに来た?呼んだ覚えはないぞ」