ラジオから流れるニュースキャスターの声を聞きながら、幻は目を覚ました。
地球は今日も平和だ、と誰かが言っている。
幻は上半身だけを起こし、星々の光に満ちた外の景色をしばらくぼんやりと眺めた後、ベッドから這い出して、月での一日を始めた。
部屋を出て、一階に降り、風呂に浸かる。
温かいシャワーを浴びた後、キッチンに向かって冷蔵庫の扉を開ける。
中には多種多様なスイーツがぎっしりと詰まっていた。なぜか冷蔵庫は、開けるたびにいつもこの状態で満たされている。
幻は少しだけ悩み、特大サイズのチョコパフェを選ぶ。そして携帯ラジオを手に、外へと踏み出した。
ゆったりと欠伸をしてから、静寂に包まれた「静かの海」を見渡す。
それから、焚き火のそばへと足を運ぶ。
その炎は、薪を足さずとも絶えることなく赤々と燃え続けている。
彼は二つ並んだ折りたたみ椅子のうちの一つに腰を下ろし、サイドテーブルに置いたラジオの音量を上げた。そして、ちょうど夜が訪れようとしている蒼い地球を眺めながら、パフェを口に運んだ。
地球はいつものように美しく輝き、天を仰げば銀河が滔々と流れている。
完璧すぎる景色を眺めているうちに、幻はふと飽和した感覚に襲われ、焚き火の方へと視線を逸らした。パフェは半分も食べないうちに飽きてしまい、そのまま燃え盛る炎の中へと放り投げた。
そして、隣にあるもう一つの空席をじっと見つめながら、ぼんやりと思考を巡らせる。
誰かを、ずっと待っている。
けれど、それが誰なのかは分からない。
ただ漠然とした予感だけを頼りに、
当てもなく、果てもなく、
ひたすら待ち続けている。
起きて間もないというのに、再び心地よい眠気が襲ってくる。
幻は椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。
今日はどの方向へ散歩に行こうかと周囲を見渡し、小さく溜息をつく。
月面の至る所に、すでに自分の足跡がくまなく刻まれている。
月の裏側まで行ってみようかとも考えたが、どうせ暗くて何も見えないだろうと思い直す。
これから一体、何をすればいいのだろう。
立ち尽くして思案に耽っていると、突然ラジオから、地球からの緊急速報が流れ込んできた。
『本日――月への有人着陸が、いよいよ行われる予定です』
幻は、耳を傾ける。
宇宙飛行士に選ばれたのは、石原奏汰という名の二十代の男性らしい。
計画の概要に始まり、アナウンサーによる長々とした説明が続いたが、幻の意識はすでにその名前に釘付けになっていた。
「石原、奏汰……」
口の中で転がしてみる。
確かにどこかで聞き覚えのある、懐かしい響きだった。だが、今の幻の頭には、記憶と呼べるものは何一つ残っていない。
その名に関連した感情の断片がわずかに浮上しかけたが、指先で触れようとした途端、それは燃え尽きた灰のように脆く崩れ去ってしまう。
やがて地球から打ち上げられたロケットが、幻の視界に現れた。
それは月に向かって一定の速度で接近し、月の希薄な大気圏を静かに突き抜けてくる。ロケットは墜落することなく、エンジン部分を下方へ向け、慎重に減速しながら着陸態勢に入った。
そして、幻のいる場所からそれほど遠くない地点に、真っ直ぐ垂直に降り立った。
着陸の際に生じた突風が、幻の元まで押し寄せてくる。
幻は両手で顔を覆い、砂塵が収まるのを待ってから、おもむろに顔を上げた。
焚き火が消えた後の灰を見下ろした後、彼は吸い寄せられるようにロケットの方へと歩き出した。
幻が近づくと、ロケットのハッチが開き、中から一人の人物が姿を現した。
ニュースで聞いた通り、二十代半ばほどに見える男性だった。
やはりどこかで見たことがあるような顔立ちだったが、確かなことは何も思い出せない。
幻が警戒してわずかに後ずさると、その男性は穏やかに歩み寄り、声をかけてきた。
「幻。久しぶり。……待たせたな」
「……」
「さあ、行こうか」
そう言って、彼は大きな手を差し出した。
幻は後退するのをやめ、慎重に彼の方へ近づく。
「……どこへ?」
幻が尋ねると、奏汰は視線で遠い地球を指し示しながら答えた。
「決まってるだろ。母さんのところだよ」
「母さん?」
「ああ。紬が、ずっと待っている。行こう」
奏汰が再び手を差し出す。幻はその頼もしい手をまじまじと見つめ、ふと思った。
待っていたのは、俺だけじゃなかったんだ、と。
胸の奥で、期待が小さな火を灯す。
不安も完全には拭えなかったが、もう迷いはなかった。
幻は勇気を振り絞って奏汰の手を握り、彼と共にロケットの中へと乗り込んだ。