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第03話

音のない花火


 ドアを閉め、鍵をかけると同時に、外の湿気が一気に体を包み込む。  この街は元々湿度が高いのに、今日は一段とじめじめしているようだった。  空を見上げると、街中に花火が上がっていた。  その模様は、ほとんどが深海生物を模していて、爆発音はほぼしない。音がないのだ。騒音公害を気にする人が多いからだろう。  そこで、また一つ記憶がよみがえる。  湿度の高い日は決まって、こうやって音のない花火が打ち上げられるのだ。  この異常な高温多湿――まるで火星が熱帯化したような気候の中で、湿気をどうにかしようと、この花火がひっきりなしに打ち上げられている。  花火の熱で湿気を蒸発させようという算段らしいが、馬鹿らしいことに、そのせいで湿気はますます増している気がする。  少なくとも、心の湿気は確実に高まっている。  わざわざ深海生物の模様を選ぶなんて。  この街の市長は、よほどの意地悪者に違いない。トロピカル・ナイト・シティの市長がどんなヒューマノイドロボットなのか、記憶にはないが、なんとなくそんな気がした。  とにかく、この街の夜がこんなにも明るいのは、花火のせいが大きい。湿気を下げ、明るさを上げる――結局、骨折り損のくそくらえだ。  私は廊下を抜け、エレベーターに乗り、1階へ向かう。私の住むマンションは125階建てで、降りるのに3秒もかかってしまう。家を選ぶとき、もっと低層階を選ぼうとしたのだが、経済的な問題でこうなった。どこにでもある事情だ。  また一つ、記憶が蘇る。  私はそれほど金持ちではない。超高層階に住まざるを得ない程度の暮らしだ。  3秒もの間、エレベーターに閉じ込められ、募った苛立ちは、ドアが開いた瞬間、まるでスプリンターのスタートダッシュのように飛び出すことで少しだけ解消された。  マンションのエントランスを抜け、ついに外へ足を踏み出すと、湿気はさらに増幅するようだった。  野良金魚たちが何匹か、餌を求めて寄ってくる。私は容赦なく両手を振って追い払う。  奴らの餌は記憶だ。記憶の残量が少ない私が餌をやれば、無一文になってしまう。 「もっと記憶の豊富な奴に頼めよ」  そう言い放つと、野良金魚たちはふっくらとした不満げな顔で去っていく。  どうやら言葉はちゃんと通じるらしい。  少なくとも、家の熱帯魚たちよりは頭の切れる連中かもしれない。野良だからな。  野性で生きるなら、常に頭をフル回転させておかなければ生存できない。プリミティブな環境に置かれた存在こそ、逆説的に知能が高まるのだ。  私は家で飼っている熱帯魚たちの呑気な顔を思い出し、思わずやれやれと首を振った。 そして、永遠に続くような花火が、高さに関係なく、街全体を――私の住む超高層マンションに面した広大な大通りを――覆い尽くしている。  その光と熱がボディのセンサーを刺激しながら、私は街の中へと足を踏み出した。