病院は一軒家の豪邸だった。 庭が目を引く、贅沢な造りだ。 ほぼ1ナノメートルの誤差もなく左右対称の蝶の模様が施されたアイボリー色の芝生が中央に広がり、その周囲には深緑と深海のような色が、逆説的に明るい色彩を帯びた空間デザインとして輝いている。 光線以外のセンサーでしか捉えられない、きらめく美しさを持った、非常に手の込んだ庭だった。 その庭は、底知れぬ小さなブラックホール状で作られているらしく、足を踏み入れることはできない。庭の中央を貫く、滑らかに舗装された細いコンクリートの道だけが通路として用意されていた。 滑らないように、頑丈なメタル色の欄干がしっかりと設置されていて、それに守られながら、ブラックホールの池を泳ぐ光の鯉を眺めつつ、私は迅璃と一緒に病院の中へ入った。
室内に入ると、前触れもなく、すぐに診察室が現れた。 無駄な空間は一切なく、廊下も待合室も存在しない。玄関のドアを開けた瞬間、ダイレクトに診察室が広がる構造だった。 ドアを閉じると、街の喧騒が一気に遮断される。 室内は全体的に黒一色だが、壁紙には外で見た光の鯉がゆったりと模様を描いている。広さを測れない、どこか浮遊感のある空間の一角に、一人の男性がバーカウンターの前に座っていた。 彼が座るスツールは、何キロメートルも下に伸びているように見えるが、ホログラムのような質感だ。バーの向こうの棚には、酒瓶の代わりに無数のガラス製の猫たちが並び、ほとんどが眠っているように光沢を放っていた。 「先生」 迅璃がその男性に声をかける。 男性は12歳くらいの小学生高学年のような外見で、明らかにサイズの合わない、OVERSIZEDな白衣を着ている。その白衣の裾は、まるで床に落ちた布団のようにだらりと垂れ下がっていた。 そう、白衣というより、ほとんど布団にしか見えない。 眠たげな顔立ちで、両手では空色の糸を使って編み物をしている。表情はひどく眠そうだが、手の動きは驚くほど速い。指が目に見えないほどの速さで動いている。 「あ、迅璃くん」 男の子が迅璃を認めると、ほぼ閉じていた目が、興味深い何かを見つけたかのようにわずかに開く。 「今日は誰を轢いたの?」 その質問に、迅璃はひどく気まずそうな顔になる。まるで罪を告白するかのように神妙な手つきで私を指し示す。 すると、男の子は私を見て言った。 「君で167人目だよ」 「ダメダメじゃん」私は舌を巻く。「なんで免許取り消されないの?」 私がそう尋ねると、迅璃の代わりに先生が答える。 「この街は歩行者より車優先だからね」 「紹介するね」 迅璃が話題を変えるように口を挟む。男の子を指しながら言う。 「この病院のチーフ・エンジニアです」 すると、男の子が手裏剣のような名刺を私に投げてくる。それが額に刺さり、彼の情報が流れ込んできた。 名刺を読むと、チーフだけあって優秀なエンジニアらしい。 そして、その手裏剣のような名刺は、私の症状を同時に読み取る仕組みだった。名刺そのものが診察のプロセスを兼ねているようだ。 エンジニアが言う。 「記憶喪失か」 一発で言い当てられてしまう。さすが、凄腕らしい。 彼は白髪の前髪を優雅にかき上げると、ずっと続けていた編み物の作業に戻る。さっきよりさらに手が速くなっている。 「ちょっと待ってね、今コーディング中だから」 どうやらその編み物は、コードを編む作業だったらしい。 プログラミングの知識も記憶喪失とともに失われているため、私はただ「そういうものか」と納得するしかない。 彼は3秒ほどで編み物を完成させ、ピタッと手を止める。 そして、バーの向こうのガラス製の猫たちと一匹ずつ目を合わせながら、悩むように顔をしかめる。 やがて、唸るように宣告した。 「君、あと1週間しか生きられないよ」 「……」 青天の霹靂。 猫たちの目から鱗のような光がこぼれ、バーを波打つように揺らす。 「なぜですか?」 衝撃を受ける暇もなく、すぐに尋ねる。 もちろん、1週間は決して短い時間ではない。数多くの思考を巡らせ、宇宙を何千往復もできるほどの長い時間だ。 だが、人間の視点で見れば、目を瞬く間に過ぎ去ってしまう、刹那の時間でもある。 結局、人間の形をしている以上、時間の流れの速さに影響を受けざるを得ない。いや、その短さに押し潰されてしまう立場でもある。 つまり、この人間型のヒューマノイドロボットのボディからすれば、ソフトウェアではなくハードウェアの観点で見ると、1週間はもはや刹那と言っても過言ではない。 だから、ソフトウェアは落ち着いていても、ハードウェア――つまりボディは震えていた。 体が震える。 手が震える。 視覚センサーが震え、視界がぼやける。 この病院は空調がしっかり効いていて、湿気もなく、温度も快適に調整されている。それなのに、ひどく居心地の悪さを感じる。 「熱中症だね」 病名が告げられる。 ――熱中症。 言葉自体は知っているが、音として聞くのは初めてのような、まるで聞き慣れない外国語のような響きで耳に届く。 「珍しいね。今どき熱中症だなんて」 エンジニアが淡々と診断する。 横で聞いている迅璃は、私と同じくらい驚いたのか、両手で口を覆う仕草をする。熱中症という言葉は、確かにそれほど衝撃的な響きを持っていた。 ヒューマノイドロボットの間では、癌よりもインパクトが強い。 「原因は簡単。君にとって、この街の夜は暑すぎるんだ。早く出て、日の光を浴びないと死ぬよ」