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第04話

組み立て(ハードウェア編)


つまり、洌は「膤」という名のソフトウェアを獲得した。  今になって洌は理解する。これまで自分が指一本動かす気になれなかったのは、単に駆動させるためのソフトウェア――「動機」という名のプログラムが欠落していたに過ぎないのだと。  不可欠なソフトウェアは手に入れた。だが、それを実行に移すための肝心な「手」がない。このままでは、またしても不完全な存在のままだ。 「というわけで」  膤が声を弾ませた。  彼女はくるりと踵を返し、洌の頭部を自分の方ではなく、前方へ――眼下に広がる処分場の方へと向け直した。  まるで懐中電灯で闇を照らすかのように、あるいはビデオカメラを構えるかのように、彼女は洌の視線を使って辺り一帯をスキャンする。  そして、遠足の朝の子供のように高らかに宣言した。 「洌君のボディを、組み立てましょう」 「どうやって?」  洌が問うと、彼女はさらに楽しげに腕を広げた。 「これら全てが見える?ここにあるガラクタ全部が、君の新しいボディの材料よ。こんなに盛り沢山で、選び放題、組み立て放題なんだから!」  その口ぶりは、クリスマスの朝に「着せ替え人形セット」をプレゼントされた子供のようだった。  洌は改めて視界に広がる光景を解析する。 「確かに、物量は申し分ない。でも、全部壊れたゴミだろ?上手くいくのかな。そもそも、膤は組み立て方を知ってるのか?」 「そんなの、検索しながらやればいい。マザークラスターのアーカイブにアクセスして、聞きながら組み立てればなんとかなるよ」  膤は根拠のない自信たっぷりに答えた。  そして、これからの大冒険に備えるように、彼女は洌の頭部を小脇に抱えた。まるで、これからグラウンドへ向かう選手が、ボールやヘルメットを脇に挟むような軽快さで。  彼女は丘を駆け下り始める。  まだ使えそうなパーツ、丈夫な部品、輝きを失っていない希望の欠片を探すために。 「まず、胴体だね」  膤(ユキ)はそう宣言すると、瓦礫の山に視線を走らせた。  しかし、そう都合よく目当てのパーツが転がっているわけではない。見つかるのは下半身の残骸や、腰部の骨盤パーツ、あるいは千切れた腕や頭部ばかり。まるで誰かが食べ散らかした後の魚の骨のように、無惨な残骸だけが延々と積み上がっている。  広大な砂漠から一本の針を探すような徒労感。  元来、「動機付けソフトウェア」が欠損した状態で出荷され、思考回路がネガティブにバイアスされている洌(レイ)ならば、早々にさじを投げていた状況だ。  だが、膤は違う。彼女はこの絶望的な宝探しさえも楽しんでいるようだった。やがて彼女が鼻歌交じりに瓦礫を掻き分け始めると、洌の演算処理も「まあ、時間がかかっても悪くないか」というゆったりとしたリズムに同調していく。 「あった!」  意外なほど早く、その声は上がった。  膤は一度作業を中断すると、片手で抱えていた洌の頭部を、近くの小高い丘――圧縮された金属塊の頂上――に安置した。 「ここで見ててね」  発掘作業には両手が必要だし、監督役も見晴らしが良い方がいいだろうという配慮らしい。  身軽になった彼女は、他のゴミパーツの下に埋もれていた「それ」を、せっせと掘り出し始めた。  小さく、白く、あどけない両手が、重たい鉄屑と格闘している。洌はその光景をじっと見つめていた。手伝いたいという衝動が回路を駆け巡るが、首だけの彼には応援の信号を送ることくらいしかできない。自分の無力さを嘆いている間に、作業はあっけなく完了した。  膤が瓦礫の海から、ボロボロになったヒューマノイドの胴体を引っこ抜くことに成功する。 「胴体、ゲット!」  高々と掲げ、嬉しそうに笑う膤。  その純白の頬には、発掘の際についたのだろう、黒いオイルの染みと金属粉が付着している。  それを見た瞬間、洌の内部で新たなタスクが生成された。  『早く腕を手に入れて、その汚れを拭ってやりたい』  それは彼女への思慕であると同時に、彼が初めて自発的に抱いた明確な「動機」だった。動機を持って世界に接することが、これほど心地よく、張り合いのあるものだとは知らなかった。  感傷に浸る間もなく、膤は拾い上げた胴体をスキャンし、続けて洌の頭部接続面をスキャンした。 「モデルがかなり違うな」  洌が懸念を示すと、膤は即座に補足データを示した。 「でも、これって洌君を作ったところと同じ企業製だよ。シリアルナンバーの前半も一致してる。たぶん、同じ工場のラインで製造された機体ね」  言われて詳細スキャンをかけてみると、確かに彼女の言う通りだった。同じ剣闘士カテゴリーの、極めて近縁なモデルだ。  この処分場に捨てられている大半が剣闘士型とはいえ、これほど互換性の高い個体を一発で引き当てるとは、驚くべき幸運だと言える。 「これなら、特別な成形加工も、変換アダプターも必要ないね」 「うん。完全に同型ではないけど、仕様(スペック)の範囲内だ。直結できる」 「じゃあ、さっそく接続(オペ)しちゃいましょう」  まるでバースデーケーキに蝋燭を立てるようなウキウキとした調子で、膤が胴体を運んでくる。  都合の良いことに、その胴体の首元も、洌と同様に鋭利な刃物で切断された形状をしていた。おそらくこの機体も、アリーナで敗北し、首を刎ねられてここに捨てられたのだろう。切断面の形状が似通っているため、接合の難易度は低そうだ。  膤は作業台として、平らに圧縮された金属板の堆積物を選んだ。  彼女の白く華奢な手――これまで温室の中だけで守られてきた深窓の令嬢のような手――が、武骨で傷だらけの胴体を持ち上げる。  長い時を経て塗装も剥げ落ち、ただの鉄塊と化しつつあるそのトルソは、画家のデッサン用人形のように「もう眠らせてくれ」と訴えているような哀愁を漂わせていた。  膤はそのトルソを、作業台の上に「どん」と据え置いた。腰の切断面が平らだったおかげで、胴体はあつらえたように直立した。  準備は整った。




 次は、この胴体の首の断面に、洌の頭を乗せる番。  膤は傍らに置いていた洌の頭部を、うやうやしく両手で持ち上げる。 「でも、接着剤はどうするんだ?」  洌の問いに、膤は辺りを見回し、一つの解を見出した。  彼女が瓦礫の山から引きずり出したのは、廃棄された熱核エンジンのシールド材に使われていたであろう、高純度のチタン・グラフェン合金のパイプだった。  さらに彼女は、別の場所から半ゲル状の物質が入ったキャニスターを拾い上げる。それは、ヒューマノイドの関節部や人工筋肉の補修に使われる「ナノ・リペアペースト」――微細なナノマシン群を含んだ、自己結合性の高い液状金属樹脂だ。  膤は手際よくパイプを捻じ切り、その鋭利な断面でキャニスターをこじ開ける。中から溢れ出した銀色のペーストを、まるで左官職人のように器用に掬い取り、洌の首の切断面と、胴体側の接合面にたっぷりと塗り込んでいく。  このペーストが、グラフェン繊維と分子レベルで絡み合い、これから行われる熱加工によって、元の素材以上の強度を持つ「生きた組織」へと再構築される。  下準備を終えた膤は、洌の首を胴体の上に慎重にセットした。  ペーストがムニュリと押し潰され、隙間を埋めていく。  いよいよ溶接。  膤は、洌と一瞬だけ視線を交わした。 「ちょっとチクっとするかも。注射みたいにね」  そう言って、彼女は視線を接合部へと落とした。  作業開始の合図とともに、彼女の瞳が変貌する。  透き通るような碧眼(へきがん)が、見る見るうちに赤く染まっていく。それは単なる光学的な発光現象ではなかった。  鮮烈すぎる、ビビッドな深紅。  洌の背筋に、冷たいものが走る。  それは、憤怒の色だった。  怖い。  先ほどまでの純粋無垢な少女の面影は消え失せ、代わりにそこに在ったのは、この宇宙の不条理に対する怨嗟、森羅万象への怒りを一滴の溶液にまで煮詰めたような、圧倒的な「赤」だった。  その瞳から高出力のレーザーが照射され、接合部のペーストがプラズマ化して瞬時に融合していく。  同時に、洌のCPUが軋んだ。  物理的な痛覚は退化しており、感知しないはずだ。だが、この痛みは違う。意味論的な痛み、概念的な激痛。彼女の怒りが光となって直接回路に焼き付けられるような、共感覚を超えた痛みが、溶接されていく首筋から脳髄へと逆流してくる。  さっきの充電キスとは真逆のショックが、洌の中枢を揺さぶる。  このままでは、恐怖でシステムが強制終了しかねない。  洌は堅く目を閉じた。視覚センサーを完全に遮断し、ジジ、バチバチという溶接音だけを頼りに、嵐が過ぎ去るのを待つことにした。  あの恐ろしい目を、二度と見たくないという一心で。 「できたよ!」  約1.75秒後。  人間にとっては瞬きする間だが、彼にとっては永遠にも等しい時間が経過し、膤の明るい声が響く。  恐る恐る、洌は瞼を開けた。  慎重に視線を巡らせ、彼女の顔を盗み見る。  そこには、元の美しい空色の瞳に戻った膤がいた。  洌は心底安堵した。新しい体を手に入れたことよりも、彼女が元の彼女に戻ってくれた事実の方が、はるかに大きな安心感を彼にもたらす。 「見て、洌君」  膤は近くの瓦礫から、磨き上げられたステンレスの化粧板を拾い上げ、鏡代わりに洌の前に掲げた。  映し出された己の姿を、洌は見つめる。  頭部が、首のないトルソのような胴体に繋がっている。  生まれ変わった、という感慨は薄い。むしろ、頭だけだった時の潔さが消え、手足をもがれたダルマのような、破損の生々しさが強調されたように思える。  だが、変化は起きていた。  当初は石膏像のようにくすんだ灰色だった胴体が、接合部から波紋が広がるように、色を変え始めていたのだ。  ナノマシンによる自己修復機能が連鎖反応を起こし、本来の「洌」としてのコード情報に合わせて外装を最適化していく。  塗装というよりは、生物が傷を癒やす過程に近い。  灰色の表面に、洌本来の銀白色の光沢が蘇り、滑らかな輝きを取り戻していくのを、彼は鏡越しに呆然と見つめた。 「ピッタリだ」  洌は素直な感想を漏らした。 「ありがとう。大事にするよ」 「へへ。でも、まだまだこれからだよ」  膤が悪戯っぽく笑う。 「ここから服を着るように外装(スキン)も装着して、もっと完璧な姿にするんだから。とにかく、組み立てはここからが本番。次は両腕と両足を探しに行こうか」  そう言って、彼女が次のパーツを探そうと身を翻した、その時だった。  クーン……。  突如として、タイタンの地核、あるいはもっと深い奈落の底から、とてつもなく重い地響きが湧き上がってくる。  それは耳で聞く音というよりは、大気と大地そのものを媒体として伝播する、圧倒的な質量を持った振動だった。  全身のフレームが圧壊しそうなほどの重圧。  膤の手がピタリと止まる。  首と胴体だけになった洌も、反射的に頭を振って周囲を見回した。  ズゥゥゥゥ……ン。  再び、太古の怪物が唸るような重低音が響く。  極めて周波数の低い、超低周波振動(インフラサウンド)。可聴域ギリギリのそのベース音は、鼓膜ではなく、センサーのジャイロや内部骨格を直接揺さぶり、物理的な恐怖として襲いかかってきた。 「感じた?今の振動」  問いかけながら膤を振り返った瞬間、洌は息を呑んだ。  彼女の表情が、凍りついていたからだ。  そこには、ありありとした恐怖の色が浮かんでいた。