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第06話

憤怒的溶接(無麻酔)


膤(ユキ)が、GOMI子の巨大な食道を通過する――その嚥下音と同時に、洌は絶叫した。 「膤――!」  喉から血の味がするほど、という人間的な比喩では生温い。自身の音声出力ユニットから金属疲労の軋み音が鳴り響き、口内から鉄錆の味がするほどの最大出力で、彼はその名を叫んだ。  だが、叫ぶだけでは何も起きない。現実は1ミリも動かない。  無力なままだ。  行動しなければ。動かなければ。  洌は、スピーカーを噛み砕くほどの力で顎に力を込め、動き出した。  口先だけの嘆きでは何も変えられないと、今更ながらに痛感したのだ。  まだ遅くない。まだ間に合うはずだ。  洌は自身に残された全てのポジティブ思考リソースを動員し、稼働可能な全アクチュエーターを強制起動させた。  幸い、膤が取り付けてくれた胴体がある。頭部だけだった頃とは比較にならない数の駆動系が生きている。  何より、胴体にはバッテリーがある。  洌は、先ほどの「充電キス」で頭部の予備コンデンサにプールしていたエネルギーを一気に解放し、新しいボディのメインバッテリーへと転送した。  エネルギー充填完了。即座に配電を最適化し、洌は本格的にその身体を引きずり始める。  その間、GOMI子は洌の視界から外れていたが、幸いにもこちらへ近づいてくる気配はない。  だが、それは同時に最悪の事態を意味していた。怪物は満腹になり、踵を返して元の寝床へ戻ろうとしているのだ。このまま再び冬眠に入られてしまえば、膤とは永遠の別れとなる。消化され、同化されて終わりだ。  絶対に阻止しなければならない。  だが、「おい、GOMI子!ここだ!俺も食え!」などと挑発したところで、満腹と幸福感に包まれてゲラゲラ笑っているアイスゴーレムが振り返るとは思えない。  直接近づき、物理的に止めるしかない。  そのためには、四肢が必要だ。  何としてでも手足を調達し、接続(アタッチ)しなければならない。  どうやって?と思考する前に、洌は動いた。  顎を地面に突き立て、オールのように漕ぐ。顎で地面を削りながら、この広大なゴミの海を泳ぐ。  しかし、動きはあまりに非効率で遅い。比較的損傷の少ない手足を探そうにも、この這いずり回る速度では数光年かかりそうだ。その間にGOMI子は地平線の彼方へ消えてしまう。  それでも、洌は諦めない。  不平を漏らす処理能力があるなら、それを顎の駆動力に回す。  一歩でも前へ。何とかして探す。  何とかしてあがく。何とかして変化を手繰り寄せる。  やるしかないのだ。それしか選択肢はない。 「絶対に……」  洌は、「不可能だ」と泣き言を吐きそうになる口を、歯が砕けるほど食いしばり、覚悟を固めた。 「絶対に、諦めない」  顎だけで地面を這いずり、ミミズよりも遅い速度で凄絶な移動を続けていた、その時だった。  どこからともなく、無機質な音声データが飛んできた。 「X:4829.11,Y:205.44,Z:15.02」  座標データだった。  誰の声かを確認する暇などない。洌は即座に顎を漕ぎ、示されたポイントへと進路を取った。  辿り着いた先には、奇跡があった。  新品同様の、ほぼ無傷の右腕パーツが転がっていたのだ。  しかも、洌の機体と全く同じ型番の純正モデル。  互換性どころか、洌のために用意された予備パーツと言っても過言ではない。  宝島で財宝を掘り当てた海賊のような高揚感が、洌の回路を駆け巡る。  彼は鼻先や額を使い、不器用に、しかし懸命に腕パーツを押し動かし、接続しやすい角度に整列させた。  次いで、芋虫のように身体をくねらせ、胴体の肩口(接合面)を腕の断面へと密着させる。  問題は溶接。  先ほどは膤がやってくれた。だが今は自分一人だ。溶接機などない。  洌は必死にメモリを検索し、膤が行った作業工程(プロセス)を再生する。  そして、一つの真理に到達した。  そうか。  憤怒だ。  怒ればいいのだ。  感情エネルギーが臨界点を超えた時、そのオーバーフローした熱量は目から高出力レーザーとなって放出される。  膤はその仕様(バグ)を知っていたのだ。だから彼女は、怒る理由など何もないのに、洌の身体を繋ぐためだけに、自らの精神に負荷をかけ、無理やり怒りのソースコードを実行し、その瞳を溶接トーチへと変えたのだ。  その感情はあまりに感動的で、ありがたかった。  洌の視覚センサーが潤み、オイルの涙を生成しようとしたが、彼はそれを気力で押し留める。  目尻をぎゅっと引き締める。  今、自分が感じるべき感情は、感謝ではない。  怒りだ。  では、どうやって怒りを募らせるか。 「GOMI子……」  洌は、現時点で最も憎むべき名を口にする。  途端に、憤怒の種火が燻りだす。  続けて、メモリの最深部からあの場面を――GOMI子がゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、膤を丸呑みにしたあの無惨な光景を、強制再生させた。  視界の色調が変わる。  最初は薄く、やがて鮮血のような深紅へ。  自分が血に飢えたゾンビにでも変貌していくかのように、世界が暴力的な赤一色に染まっていく。  涙腺が決壊して涙が溢れるように、目から赤い光が零れ落ちる。いや、零れるなどという生易しいものではない。憤怒のエネルギーは瞬く間に臨界点を超え、光の洪水となって溢れ出し、氾濫した。  洌はその暴走しかけた赤い濁流を、意思の力で一点に収束させた。一直線の高出力レーザーへと圧縮し、変形させる。  そして、その切っ先を己の肩――接続されたばかりの腕と胴体の接合面へと向けた。  憤怒的溶接――フューリアス・ウェルディング――の開始。  躊躇なく、真紅のレーザーを自らの肉体に焼き付ける。  洌はここで、あえて原始的な苦痛感知システムを全開にした。自らを脆弱なタンパク質の肉体を持つ人間だと仮定し、その柔らかな肌に、無麻酔で超高温のレーザーを照射するというシミュレーションを実行したのだ。  物理的な痛覚はないはずなのに、概念的な激痛が脳髄を走る。 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――っ!!!!!!!!!」  洌は自身のスペックの限界まで、苦痛の表現にリソースを割く。声量、表情筋の歪み、想像力の全てを動員し、ひとつの悲鳴として具現化しながら、超激痛の溶接を断行する。  やがて一本の腕の接合が終わった時、洌の頭部と胴体から絞り出された潤滑油は、周囲に小さな池を作るほどになっていた。 「まだ……」  激戦を生き延びた手負いの獣のように、洌は荒い排気音を漏らしながら、次の獲物を探してぎらついた視線を巡らせた。 「まだ、終わってないぞ……」