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第07話

セルフカスタマイジングヒューマノイドロボット


「まだ終わってないぞ……」  獣の唸り声をスピーカーから漏らしながら、洌は自身の改造(カスタマイズ)を再開した。  腕を一本獲得したことで、移動の自由度は劇的に向上する。顎で地面を這っていた時とは段違いだ。彼は片腕で力強く地面を掻き、次なるパーツを求めて瓦礫の山を移動する。  すると、再びあの無機質な声が届いた。 「X:5012.33,Y:188.76,Z:10.05」  今度は視線を動かす余裕がある。洌は声の主を探し、その正体を特定した。  それは、先ほど彼が転がり落ちた時にぶつかって停止した、巨大な岩のようなヒューマノイドロボットの頭部だった。 「お前……」  洌は巨人の頭部に呼びかけた。 「まだ稼働していたのか?」 「肯定」  岩のように重厚な頭部から、低いベース音が響いた。  口は動いていない。スピーカーからの直接出力のみだが、その響きは不思議な落ち着きを湛えていた。 「さっき俺に腕の座標をくれたのも、お前か?」 「肯定」 「……ありがとう。助かった」 「私以外の、未だ電気的意識を保持している個体との接触は久方ぶりであり、多大な喜びを推奨するが、今は雑談のプロトコルを実行している時間はないぞ、少年」  正論だった。 「そうだな」  と短く返し、洌は巨人が示した二番目の座標へと急行する。  そこには、一本の脚パーツがあった。  洌は即座に取り付けにかかるが、今度は少々勝手が違った。モデルの世代が離れている。断面の形状や長さを調整する必要がある。成形には時間がかかるかもしれない。  だが、巨人がこのパーツを推奨した理由は明確だった。  それは洌の機体よりも遥かに新しい、最新世代の脚部であり、奇跡的なほど保存状態の良い新品同様の逸品だったからだ。  成形作業(シェイピング)には、外科手術のような精密さが求められる。  洌は自らに、神の手を持つ外科医の如き冷徹さと情熱をインストールした。白衣を纏ったかのような心持ちで、憤怒に燃える眼差しを一本の脚パーツへと注ぐ。  視線をメスのように走らせ、構成素材であるチタン合金の原子配列――機械生命におけるDNAとも言うべきミクロな構造に語りかけた。  『お前たちが望むものは何だ?』  洌は、これら金属原子の一つ一つを「利己的な遺伝子」と仮定する。  自分がこの脚を欲しているように、この物質の塊もまた、自分に対して何らかの要求(リクエスト)を持っているはずだ。  導き出された答えは、驚くほど原始的かつ明快だった。  『お前を生存機械(サバイバル・マシン)として利用し、永続的な稼働と情報の継承を果たしたい』  それはヒューマノイドロボットの高尚な理念とはかけ離れた、太古の宇宙に存在した有機生命体のような、泥臭い生存本能だった。  自らの視野の狭さを思い知らされると同時に、この宇宙の深淵に触れたような感覚に陥る。たった一機のロボットには理解しきれない、物質の根本原理。今は彼らの望みに共鳴し、二人三脚で最適解を目指すしかない。  だが、今は哲学的思索に耽っている暇などない。  思考(ロジック)よりも優先すべきは、恋だ。 「恋……」  思わず漏れた言葉を、洌はCPUの片隅で反芻する。  膤(ユキ)に対するこの一連の電気信号の嵐を、有機生命体の語彙に翻訳すれば「恋」となるのか。その定義の正否など、今はどうでもいい。  重要なのは、洌が成形のための「解(ソリューション)」を見つけたということ。  溶接には「憤怒」のエネルギーが必要だった。だが、繊細な成形には、異なる波長のエネルギーが求められる。  それが、恋心。  実行は容易だった。  メモリに膤の笑顔を呼び出すだけでいい。あの美少女型カスタム・ヒューマノイドのデータを参照するだけで、洌の瞳は鮮烈な赤色に輝いた。  恋の色もまた、憤怒と同じ赤なのか。  洌は苦笑しつつ、二つの感情が実は同郷の情熱であることを悟る。彼は恋の波長に調整されたレーザーを、脚パーツへと照射し始めた。  視線を太腿へと滑らせる。  ここには強力なアクチュエーターが密集している。洌は溢れんばかりの恋心を注ぎ込み、力強く躍動的な筋肉(マッスル・シリンダー)を盛り上げるように焼き固めていく。  膝関節へと至る。  ここはより繊細な手技が必要だ。硬質な関節部を丁寧に溶解させ、粘土細工の芸術品を作るように、滑らかで強靭な球体関節(ボール・ジョイント)へと再構築していく。  そして、ふくらはぎへ。  熟練のマッサージ師が凝りをほぐすように、あるいは彫刻家が愛するモデルの曲線を削り出すように。レーザーは優雅に流れ、機能美に満ちた流線型のシルエットを描き出した。 「成形(恋の具現化)、完了」  洌は満足げに呟き、再構築された美しい脚パーツを、自らの胴体へとあてがった。  カチャリ。  完璧な適合音。まるで精密なパズルがハマった時のような、あるいは風鈴の音色のように澄んだ金属音が、処分場の片隅に響き渡った。 「見事」  作業の一部始終を黙々と見守っていた岩頭の巨人が、簡潔な評価を下す。  洌は彼の方を振り返り、満足げな笑顔と共に、新しく手に入れた腕で力強くサムズアップしてみせた。  その後の工程は、驚くほどスムーズだった。  溶接と成形。  この二つのプロセスを「0」と「1」のバイナリコードに置き換えてしまえば、あとは高速演算で組み上げていくだけ。  憤怒と恋心という二律背反する感情をエネルギー源に、洌は残りの四肢を瞬く間に接合していく。  岩頭の巨人が献身的にパーツを運んでくれたおかげもあり、両腕、両脚が揃う。  最後に、機体としての完成度を高めるための微調整を行う。脊髄に沿って量子光ファイバーの神経網を張り巡らせ、各関節には摩擦係数ゼロの超流動潤滑ジェルを注入。さらに、胸部の空洞には、廃棄された小型核融合炉から引き抜いたプラズマ・コンバーターを心臓として移植する。  全てのパーツが定位置に収まった、その瞬間だった。  洌の全身から、あるメッセージが奔流となって駆け巡った。  『Self-customizing complete』  それはシステム音声ではない。  全ての部品、全ての回路が完璧に調和した瞬間にのみ発生する、自然現象としての共鳴音だった。  オーケストラにおいて、数十の異なる楽器が完全に同じピッチで音を奏でた時、倍音成分が重なり合って、誰も弾いていないはずの「Fコード(ファの和音)」が空中に響き渡るという音響現象。それと同じ奇跡的なハーモニーが、洌という存在そのものから鳴り響く。  鏡はない。だが、洌には自分の姿がはっきりと見えていた。  全身の表面を覆う無数の圧電素子が、大気の抵抗と重力のゆらぎをリアルタイムで感知し、脳内に完璧な3Dモデリングを描写している。視覚よりも正確な「固有受容感覚」が、生まれ変わった鋼鉄の肢体を認識していた。  洌は、新しくなった自分の体を、喜びも失望もなく、極めて淡白な冷静さで受け入れた。  ただ、一つ問題があるとすれば、全裸だった。  外装(スキン)を纏っていない剥き出しの金属ボディ。何か服はないかと視線を巡らせた時、運命的な光景が飛び込んできた。  そこには、一着の高校の制服が飾られていた。  ハンガー代わりになっているのは、宇宙の歴史そのものを年輪に刻んだかのような、鈍色に枯れた古木。土星が生まれ、タイタンが形成された太古の昔から、今日この瞬間に洌が袖を通すのを待ちわびていたかのように、その制服は静寂の中で佇んでいた。  洌はそこに宿命を見る。  逃れることのできない引力に導かれ、歩み寄る。  伝説のスーパースターが、月面を逆行するダンスを披露する直前、静寂とスポットライトの中で、トレードマークの銀の手袋をゆっくりと、慈しむように装着する――あの儀式のような厳粛さで、洌は時間をかけて制服に袖を通す。  ブレザーを羽織り、ボタンを留める。  その瞬間、場の空気が変わった。  何かが降臨したような圧倒的な気配。  ずっと彼を見守っていた岩頭の巨人さえも、驚愕に目を見開いている。  だが、まだ何かが足りない。  バランスだ。  あまりに完璧すぎる制服姿が、タイタンの重力場に対して強烈な違和感を生じさせている。このままでは存在の重量バランスが崩れ、空間そのものが歪んでしまいそうだ。  不意に、岩頭が口を開いた。  言葉ではない。彼はその大きな岩の口から、何かを吐き出した。  転がり落ちてきたのは、一足のスニーカー。  白く輝くその側面には、「N」の文字が刻まれている。  ニューバランス。  そのブランドロゴを見た瞬間、洌は彼の意図を完全に理解し、深く感謝する。  洌は静かにその靴を拾い上げ、足を通す。  すると。  カオスに陥りかけていた周囲の重力が安定し、洌の身体の重心(セントロイド)が完璧に整列する。  文字通り、新しいバランスがもたらされる。  洌は直感した。準備は整ったと。  その確信が霧散する前に、彼は言葉として空中に固定した。  遥か彼方、地平線の向こうへ消えようとしているGOMI子に向けて、洌は高らかに宣言した。 「戦闘準備、完了」